こんな生命保険会社であってほしい

消費者は生命保険に自分の生命と身体を、保険会社にお金と年月を預ける。それだけに
生命保険会社の社会的責任は、単なる金融機関という以上に重い。
私達はこれまで銀行も生命保険会社も、同じように信頼してきた。たった一冊の預金通
帳や紙ぺら一枚の保険証券に、生命の次に貴重な財産を預けてきた。
ところがここにきてその信頼は根底から覆させられ、最後の頼みの綱の政府でさえ、問
題は常に先送りして傷を深くし、破綻しないような根本的な対策も立てないどころか、混
乱や被害が起きても責任をとらない。
政府のいう二〇〇一年のビッグーバンなど待たなくても、金融・経済全体がすでに破裂
し始めている。特に生命保険業界は、破綻会社が今後も続き、混乱するだろう。
そこで政府が無為無策無責任なら、生命保険会社は政府よりも国民の方に顔を向けて、
本当に国民の福祉推進のりIIダーとなってもらいたい。さもなければ近い将来に、消費者
には絶対にそっぽを向かれ、カタカナ系や外資系生保の攻勢に押し潰されるだろう。
消費者に信頼される生命保険会社の条件をあげておく。

⑩粉飾のない、経営内容の情報開示(ディスクロージャー)は、絶対条件だ。経営内
容の良し悪しも、経営改善する努力があれば、数字でわかる。
② 情報開示には、裸(カサ上げしない)のソルベンシー・マージンを定期的に開示す
る。新保険業法改正に伴って正式に採用された新ソルベンシー・マージンは経営実態
を知る基準にはならない。ソルベンシー・マージン(表の理解の仕方)は、第14項に
掲載してある。
③「はじめに商品ありき」の販売戦術はやめて、消費者の要求通りの商品を販売する。
④ 現在のように、種類によっては単体商品の販売を制限していることをやめる。
⑤「更新型」よりも、「全期型」の販売を促進する。それによって現行のような既契約
者の要求もないのに「転換」を勧める販売方法を、やめる。
⑥ 組み合わせ保険の存在を否定するものではないが、それを「主力商品」とする販売
戦略は絶対にやめる。
⑦ ③~⑥のため、セールスーレディを根本的に再教育し、消費者本位の精神を養う。
③ 資金運用の専門家を強化し、粉飾のない配当率を各社で競う。
顧客あっての生命保険業であることと、初心に帰って再出発する勇気を持ってほしい。
消費者も、いまは猛烈に勉強している。保険会社だけがその時流に乗れないのならば、
その会社の暗い将来は、約束されている。

Posted in 保険を選ぶ前に会社を選べ | Leave a comment

保険料は高く、予定利率は悪くなるだけ

「いま、この保険に転換するとこれだけ保障を大きくできて、しかも保険料がこれだけ安
くなりますヨ」と、転換(下取り)させられたこと、ありませんか。しかし転換はあなた
が大損して、保険会社がニンマリする落とし穴がある。
転換とは、加入している保険を下取り(実質的には解約と同じ)して、同じ会社の新し
い保険に契約し直す制度のこと。元の保険より保障額を大きくさせられるのが通例だから、
保険料負担も大きくなるのが一般的だ。
だがその内容をよく見てみると、契約者には次のような大きな不利がある。
① 日頃「解約は不利ですヨ」という保険会社が、転換と称して保有契約を解約させる。
② 下取りした保険の解約金を新保険の頭金にする分、新契約の保険料が「安くなる」
といわれるが、この頭金は今まで積み立ててきた自分のお金で、保険会社が安くして
くれるわけではない。
③ 転換すると、前契約の高い予定利率(第86項)を、現在の低い予定利率(二・〇〇
%)の契約にさせられる。
④前契約の加入時の年齢による保険料がら、年齢が上がった転換時の保険料とな
り、しかも予定利率の低い現在は、同じ
年齢でも保険料が値上げになっている。
⑤ 転換には保険会社の勝手な約款にない
「しぼり」があり、一般的には今の契約
より、死亡保障額を大きくさせられる。
以上の諸条件から、全体の保障額は大きく
させられるので、保険料は多くなり、予定利
率は悪いものにさせられる。
さらにいえば、転換の際の下取り解約金を
頭金にするとき、新保険の貯蓄部分の終身保
険に充当(基本転換方式)せず、お金が消え
てなくなってしまう掛け捨て部分にも充当
(比例転換方式)する方式にさせられる。
とはいえ、どちらの方式でも転換でトクを
することは絶対にない。

Posted in 保険を選ぶ前に会社を選べ | Leave a comment

保険総合口座やキャッシュバックは絶対に損をするシステム

「保険統一だ1」とか「入れば入るほどキャッシュバック」という生命保険会社の宣伝が、
派手にテレビや新聞に展開されている。
このシステムは、本当に加入者の利益になるのだろうか。消費者は、保険料が割引にな
ったりキャッシュバックがあるのなら、「利用しないのは損だ」と、思ってしまう。
保険会社から見ると、生命保険に対する消費者の意識には、まだまだ偏せる余地がある
と思っているらしく、今回の総合口座やキャッシュバック方式は、筆者が初めて指摘した
[生命保険の三大悪=抱き合わせ保険、更新型、転換]に次ぐ、[第四の大きな悪]だ。
例えば、日本生命の「保険総合口座」のシステムをよく検証してみると、保険の種類に
「EX」という名前が付いている保険なら、宣伝通りに特典が適用される。この点では、
特に問題はない。
ところが「EX」という保険は、最近発売された各種の保険で、現在加入している契約
は当然「EX」ではないので、割引などの特典の対象にはならない。
そこでセールスレディのおばさんが「いま加入している保険をEXの保険に取り替えれ
ぱ、割り引きされますヨ」と、転換という言葉を使わずに、巧に「転換」させる。
転換が、加入者にとっていかに不利な方式かは、筆者が従来から加入者の利益に反する
と強く指摘している事項だし、最近では、メジャーの大新聞やテレビなどでも大々的に取
り上げ始め、その欺まんがやはり強く指摘され始めている。
そしてこのようなシステムを取り入れて宣伝している会社のすべてが、特典を利用させ
るために取り替える保険の種類を、生命保険の一番の悪とされている「抱き合わせ保険に
取り替えなければ」という、加入者に損害を強いる方式だけに制限されていることだ。
実際の計算で示すと、①予定利率が高利率時代に加入した契約を、現在の史上最低の低
利率の保険にさせられる。②三〇歳の男性が六五歳までの三五年間、(終身保険二〇〇万
円、定期保険三八〇〇万円=累計保険料九五九万五四四〇円)の保険料を支払って、六五
歳以降わずか二〇〇万円の保障になってしまう。
この日本生命の例では、たとえ二七%という最大の割引特典があっても、約五〇〇万円
もの余計な保険料を無駄に支払う結果となる。そして「転換」された後のほとんどのケー
スが、貯蓄性部分の《終身保険》を小さくされてしまう例が後を断たない。
特典を宣伝する他社のシステムであっても、前記の①と②の制約はほとんど同じで、単
に割引という甘い蜜に引かれると、気が付いた時には食虫植物に食われる虫にされてしま
う。「こっちの蜜は甘いゾ」は、こと生命保険に限っては、絶対に無いと思って良い。

Posted in 保険を選ぶ前に会社を選べ | Leave a comment

抱き合わせ・転換・更新は絶対に避ける

保険会社は、生命保険を消費者に販売して、正当な保険料を徴収する………。と一般の
消費者は、保険会社を無条件に信用してきた。
しかし生保業界は消費者の信頼を裏切る商品を次々とっくり出し、いまやモラルハザー
ド(倫理観の欠如)は驚くばかりで、どこを切っても消費者第▽王義のかけらもない。
生保会社の消費者を無視した儲け主義から自分の財産を守るには、まず各保険商品の性
質を研究することが第一だ。それぞれの保険商品(種類)の性質がわかれば、自分の『目
的』にはどの商品がベストかはすぐにわかる(第18項以降)。
基本的には、次の四点を守れば保険選択として満点だ。
① 保険に加入する『目的』(何のために、誰のために)をハッキリさせる。
② 必要とする『目標』(いくらの保障額を、いつまで)を確定させる。
③ 『目的』に合致する保険種類を決める。
④ 決して『抱き合わせ保険』には入らず、必ず単体保険にする。
この四点は、絶対に忘れないでほしい。あとは加入時の諸条件に注意を払うだけだ。

これに対して、ワーストーチーイスは次の3点。
①『抱き合わせ保険』(定期付終身や、生存給付金付定期付終身などに代表される組み
合わせ保険)に加入する。
②「新しい商品が出ました」「いまの保障を見直しましょう」「転換すれば保険料が安く
なりますヨ」というセールスートークで、既契約を『転換』(下取り)する。
③ 新規の加入であれ、『転換』であれ、「更新型」(二〇年満期、または二〇年間払い
込みなら、加入後一〇年目に後半一〇年分の更新して、その時点の保険料になる)に
加入する。
この三点は重要な問題なので、各問題点を次章以降詳しく解説するが、これらを回避す
るだけで、保険会社に不必要な保険料を取られたり、保障が本当に必要なときに無保険状
態になったりしない。
さらに満艦飾的に、やたらに「特約」をつけないことも重要だ。特約を本当に必要なも
のだけに整理するだけで、特約保険料をかなり節約できる。不必要な特約保険料に五〇〇
○円も六〇〇〇円も支払うのなら、その分、保障本体を厚くする方が賢明だ。
渡された「設計書」やセールスートークを鵜呑みにするのではなく、必要なものと不必
要なものを見分ける解析力を持たなければ、結局あなたが損をするのだ。
本来、保険の「設計書」は、自分でつくるものなのだ。

Posted in 保険を選ぶ前に会社を選べ | Leave a comment

生命保険会社はその前にやるべきことがある

為替差損、株価の低迷、低金利などによる運用益の減少や逆ザヤによる配当の重圧、さ
らに住専をはじめとする不良債権のコゲツキなどで、生保各社の経営は厳しさを通り越し
て、いまや地獄だ。
そこで一時は六%以上と高率だった予定利率を平成十一年四月から二・〇〇%に引き下
げるのと同時に、保険料を引き上げた。
この予定利率引き下げと同時に、生保各社は各社は一斉に「高利率の既契約を下取り
(転換)して、低利率の新契約に取り替えさせる」ことに、戦力を注いでいる。
こうして消費者の利益を奪う行為をしていながら、かたや自分たちは立派なオフィスで
ヌクヌクとマネー・ゲームをし、その失敗のツケを常に消費者に転嫁し、リストラなどの
企業努力は進んでいない。
左の表を見て頂けばわかる通り、金融・保険業界は、他の産業にくらべ、労働時間は短
くて、賃金は群を抜いて高いという実態は、ここ数年一向に変わらない。
他人のお金を預かって運用しているのに、まるで自分のお金を扱っているような気軽な
。意識。失敗したら「ゴメンナサイ」
といって、あとは「生命保険契約
者保護機構」に任せればいいやと
いう安易な感覚、まるで責任感を
持っているようには感じられない
消費者の感覚からすれば、経営
や運用に失敗したら、まず賃金を
世間並に引き下げるとか、世間並
の労働時間で働いてあらゆる企業
努力を重ねたすえに、それでも椙
失を補てんできなかったら最後の
手段として、予定利率の引き下げ
や保険料値上げをお願いするのが
正当な商業道徳というものだ。
現在のように、自分達だけぬ芯
ま湯につかっているのは納得でき
ない。

Posted in 保険を選ぶ前に会社を選べ | Leave a comment

消費者の救済に使われることはない

戦後初の生命保険会社の破綻「日産生命」の契約者は、ある日突然一方的に、営々と積
み重ねてきた自分の財産と年月、生命保険契約者としての権利を奪われた。
 生命保険協会を管理人として受け皿会社をつくり、そこに「生命保険契約者保護基金」
から上限二〇〇〇億円の資金援助をするというものだ。この構図によって契約者を救える
というのだが、続々と数社が破綻したらその後は一体どうなるのか、五里霧中だ。
 最初に基金の二〇〇〇億円を使えた日産生命の契約者は、まだ幸福な方だ。
 しかし一番先に破綻を予想していたわけではない日産生命が、なぜ最初の破綻会社にな
ったのだろうか。それには大蔵省の都合を優先させた理由が見え隠れする。
 その理由とは、大蔵省職員の加入しているクルー・プ保険の幹事会社が日産生命であり、
加入者の約四一%が日産生命に加入していたという事情があるからだ。それゆえ「生命保
険契約者保護基金」の二〇〇〇億円の資金を使って、確実に職員の権利を救済するには、
日産生命を一番手にする必要があった。
 破綻の二番手以降の会社は、会社の規模も日産より大きいので、契約者の人数、契約件
数、契約金額も大きい。基金が既に底をついているなかでそれらが順次破綻していくとど
うなるか。二番手、三番手の破綻会社のために、大蔵省は「生命保険契約者保護機構」に
して強化しようと、生保各社に基金の積み増し資金の提供を促す「奉加帳」を回すだろう。
この図式が定着すると、常に資金提供をしなければならない〔経営優良会社〕と、「契約
者保護機構」から救済のための資金提供を受ける〔経営破綻会社〕とに二分される。
 これでは〔経営優良会社〕の社員(契約者)はたまったものではない。本来なら社員配
当として受け取れるはずの資金が、いくら大蔵省の指示とはいえ、放漫経営で破綻した会
社の経営を助けるために使われる。これはあきらかに「社員代表訴訟」の対象案件だ。
 今回の日産生命や東邦生命の件に端を発して、生保各社もその対応がバラバラだ。
 たとえば大同生命の幹部は「ソルペンシー・マージンを発表しないのは、大蔵省がつく
ったシナリオだから、われわれはそれに応じているだけだ」(平成九年六月コー日・朝日
新聞)というコメントを発表した。
 自社の契約者や消費者に対する責任は、どう考えているのだろうかと疑問を抱く。
 これに対して富国生命では同日「われわれは消費者のために開示が必要な情報は、これ
からすべて開示していく」と発表した。こういう会社が消費者が待望していた会社なのだ。
 受け皿会社をつくることについても問題がある。「生命保険協会」が破綻会社の保険管
理人となり「受け皿会社」をつくり、協力会社を募って資金の提供を受ける、というもの
だが、景気が仲々浮上しない現在のような経済状態では、おいそれと他企業からの出資を お
望むのは絶望的だ。
 前回の日産生命については、「生命保険協会」が日産生命の系列会社である目立製作所
と日産自動車に協力を要請したが、両社ともにこれを早々と断っている。これは賢明な決
断だと思う。「生命保険協会」は生保各社によって設立された機関で、いつでもその思考
は消費者優先思考ではなく、生保業界優先思考で今日まできた。今回の事件でも自分たち
の都合のよいようにしか、物事を考えない。東邦生命の破綻も同じになる。
 第一、返ってくる可能性のほとんどない資金を受け皿会社に出資すれば、その企業では
これも「株主代表訴訟」が起こるのは必死だ。誰がそんな火中の栗を拾うのだろうか。
 そうなれば結局無為無策な政府は「公的資金(つまり税金)」をつぎ込む案を、住専の
時のように持ち出すかもしれない。あるいは予定利率の引下げを言い出すだろう。
 しかし破綻会社の契約者は、しょせん「少数派」だ。税金を使われる多数派は黙ってい
ず、社会が混乱することは避けられない。何でも先送りしてきた政府のツケが、いつも国
民に回ってくる。
 「生命保険契約者保護機構」と「受け皿会社」のスキームが、大蔵省の思惑通りにできた
とすれば、放漫経営で会社が破綻しても「最後はそのスキームがあるからそこに頼ればい
い」式の、安易な経営姿勢がますます助長されることも、心配のひとつだ。
納川、日産や東都生命の経常破綻ではっき
りしたことは、「生命保険契約者保護機構」は
一〇〇%契約者の権利を守れないこと、現状
ではこれからつくる受け皿会社も破綻が約束
された夢まぼろしの物語だということだ。
 それを管理するはずの「生命保険協会」は、
それがつくられたときから完全なる消費者の
味方ではないことが、今回のことで浮き彫り
になった。生保会社の出向者で構成されてい
る現在の機構から、中枢は第三者で構成して
出向者がそれを補佐するような構成にならな
い限り、「ネコは、自分の首につける鈴は自
分ではつくらない」のだから、消費者のため
の活動は期待できない。
 これから破綻する三番手以降の会社の加入
者は「完全に助けてくれるスキームは何もな
い」と一日でも早く対処した方が賢明なのだ。

Posted in 保険を選ぶ前に会社を選べ | Leave a comment

公表ソルペンシー・マージンにも見方がある

平成八年四月に「保険業法」が改正されて、生命保険会社のディスクロージャー(情報
開示)の透明性が増すかと期待した。しかし、この種の期待は常に裏切られる。
 経営が健全なら、堂々とすべての経営内容を公表できるはずだが、かたくなに公表を拒
むところをみると、予想以上に隠された債務は多いのだろう。
 生命保険会社の経営の安全性を正確に見分けるには、ソルペンシー・マージン比率(将
来の保険金支払いに備える責任準備金を超えた支払い余力=生保会社の経営の健全性を計
る指標)を参考にするのも選択肢のひとつだ。二〇〇%超が安全度分岐点といわれている。
 ただし政府指導による発表については「数字の信頼性はない」というアクチュアリーも
いるほど、実態から掛け離れた数字になっている。各生命保険会社から公表されたソルペ
ンシー・マージン比率の数字は、本当の支払い余力を表してはいないと思ってよい。
 なぜならばここ数年、消費者が生命保険会社を選別する基準の一つとして、ソルペンシ
マージン比率に関心が向いたので、会社は劣後ローンや劣後債で見せかけの体力を増
強したに過ぎず、金利の高いこれらの借金をしていることは、健全経営とは言えない。か
えって将来への負川を川
やしている。表を見ても
分かる通り、二圭二社を
除いて二ヶ夕の割合で比
率の数字をかさ上げ(ご
まかし)しており、二割
以上もかさ上げしている
会社は、かなり苦しい経
営状態と思える。
 その意味では「公表」
ソルベンシー・マージン
比率の数字は、信用に値
しないと筆者は思ってい
る。劣後ローンを除いた
比率数値の五割引とみる
のが、実態に近い比率だ
ろうと推測している。

Posted in 保険を選ぶ前に会社を選べ | Leave a comment

破綻予備軍はまだまだこんなにある

破綻した日産生命では、四年以上前から粉飾された報告と配当がなされ、契約者の目を
ごまかしてきた。業務停止命令を受ける直前の平成九年三月期の決算報告でも、表向きは
五二五億円の最終損失と発表されていたが、。本当の決算”は、実にその三・五三倍の一
八五三億円に上ることが判明した。
 大蔵省も四年も前から債務超過は把握していたのに、重要なことは「何でも先送り」す
る体質と、何でも隠す生保業界の体質が、今日の加入者を犠牲にする事態を招いた。
 大蔵大臣の「もうないだろう」は大ウソ。今後破綻の予備軍会社は後ろに並んでいる。
 日産生命の例をみてもわかる通り、破綻が発表されれば、契約者の権利は極端に剥奪さ
れる。むしろこれからの破綻は、権利の剥奪どころか権利の消滅となるだろう。
 保険契約者保護基金の準備した上限額二〇〇〇億円は、日産生命一社で使い切ってしま
うどころか、既に債務超過額が三〇〇〇億円を超えていた。
 生命保険会社の決算報告は、大手といえども信用してはいけない。不良債権にしろオフ
バランス(帳簿外取引)にしろ、損失は常に公表される数字よりも、数倍大きいと思っていた方がよい。
 生命保険協会と生保業界が共同して受け皿
会社をつくり、すべての契約をそこに移管す
るので安心だというが、そんな戯言を信用し
たら寝首をかかれるだけだ。第一、生命保険
協会は、生命保険業界がっくった団体で中立
的立場ではない。資金も出向の人も業界の丸
抱えで、契約者の味方ではない。生保各社は
人のことよりも自分の会社のことで精一杯、
次々に破綻する赤字会社の損失の為に資金を
出す余裕はない。受け皿会社への援助要請も
完全に失敗し、出資すれば株主代表訴訟の問
題も噴出することは必至だ。
 沈みゆくドロ船にいつまでも乗っていない
で、危ないといわれている会社からは、一日
でも早く逃げ出(解約)した者が勝ちだ。
 日産や東邦の破綻が、それを教えている。

Posted in 保険を選ぶ前に会社を選べ | Leave a comment

結局、自分の身は自分で守るしかない

動物は、明日の運命を予知することもできず、また何の策もなく、運命をそのまま受け
入れるしかない。しかし彼らは高い学習能力を備え、また人間には計り知れない勘を持っ
ている。
 われわれ人間が動物と違うところは、学習をするだけではなく、予知はできなくても予
測し、さらに予習をすることができるということである。
 生命保険は実績に基づいた数値を基本にして、今後予想される事態に対処する、相互扶
助精神に則った最良の方式として考え出された制度だ。
 生命保険の運営は、従ってこの精神の下でなされていると消費者は信じているので、そ
こから生み出される商品も、販売方法も最良のものと頭から信じていた。
 しかし実際の経営戦略や営業活動、さらに商品の内容を分析してみると、どこを切って
も金太郎飴のごとく、悪い顔ばかりしか見えない。
 生命保険という商品は、銀行などの金融機関がお金を単に預かるのと違い、そのお金と
ともに家族の将来の一部と年月という時間を掛けている。

それ故、生命保険会社には、肌なる金融機関以Lに垂い礼会的責任が存在している。
 それをある日、長い期間とお金を掛けた保険証券が。紙くず”になったのでは、「ゴメ
ンナサイ」では済まされない。
 こんな事態にした経営陣には何らかの刑事責任を取らせるべきだし、それを知りながら
放置してきた政府や大蔵省の役人も、政権交代や刑事責任の追及があってもよい。
 人間を一人殺せば犯罪だが、一〇〇〇人を殺す戦争では、責任の所在がわからなくなる。
まるで「赤信号、みんなで渡れば恐くない」とでもいったような無責任さで、犯罪が犯罪
でなくなるような昨今だ。政府も役人も銀行も生保も、最終責任がどこにあるのか、さっ
ぱりわからない。
 それでもわれわれ消費者は、保険を必要とする不安定な社会におかれている。社会が安
定し福祉政策が充実していれば、生命保険など必要ないかもしれない。
 結局、自分の身は自分で守る、という自覚が今まで以上に求められ、自己責任の意識の
薄い人は、無責任人種を楽しませる役回りになる。
 第四章において触れているが、「元本保証」とか「絶対安全」という言葉は有名無実の
世相なのだから、生命保険も決して例外ではない。
 保険会社の選び方も「危機意識」を持って、「君子危うきに近寄らず」の精神で臨まな
ければならない。

Posted in 保険を選ぶ前に会社を選べ | Leave a comment

大蔵省は決して真実を伝えない

平成九年四月二五日の日産生命に対する大蔵省の「業務停止命令」は、国民にとってま
さに「寝耳に水」たった。これで前々から噂されていた金融界神話の崩壊は、ついに生保
業界にまで及んだ。さらに十一年六月には東邦生命も破たんした。
 日産生命の破碇は、不良債権、為替差損、資金運用の失敗、逆ザヤ、個人年金保険の無
理な募集など、経営の複合的な失敗で、債務超過になったことが原因と報じられた。
 大蔵省はこの状態を四年も前から把握していたのに、その時点で国民に知らしめないば
かりか、監督官庁としての適切な指導もせず、なおかつ今日あることを誰よりも熟知して
いながら、善意の契約者を救済する具体的なスキームを構築しなかった。
 それなのに大蔵大臣は「このケースは日産生命だけだ」と、無責任な発言をしていた。
 同社に加入している契約者の契約は新たに設立した受け皿会社の「あおば生命」に移転
し、①高利率だった既契約の予定利率を一律二・七五%に削減する、②保険金、年金の支
払いは支払額を最大七二%減額する、③既契約の保険料は従来通り収受する、④既契約の
解約返戻金は一年目に一五%削減し八年目以降は○%とする、と無法な内容が決まった。

株式会社が破産すれば、株主は持ち株の限度で損害を引き受けなければならない。生命
保険会社の場合は、契約者が社員で、いわば株式会社の株主にあたる。それゆえ生保会社
が破碇した場合、契約者は加入金額の割合で、損害額を負担する義務を負っているのだ。
 しかし日本国中探しても、保険の加入時にそんな説明を受けた人はI人もいないだろう
し、契約時に渡される定款・約款を記した「ご契約のしおり」にも、具体的説明は書かれ
ていなかった。
 不安な会社の契約をやめたいと思っても解約金は削減されるという。そして満期が来る
まで保険料は納めろという。保険料を払わなければ契約が失効してしまう。まさに契約者
にとっては踏んだり蹴ったりだ。そのうえ終身年金は最大七二%もカットされる。いい加
減な経営をしていて、会社がダメになったときだけ「自己責任」を振りかぎして責任を契
約者だけに押付けるならば、なぜ日頃、会社の経営状態を正確に契約者に情報を開示しな
かったのか、大蔵省と生保会社がグルで、国民をダアンテきたとしかいいようがない。
 日産生命は九六年春の時点で、筆者が著書のなかでランクつけした内国系生保二〇社の
下から三番目の会社だ。しかし、業界全体が決して安心できる状態ではないので、保険会
社が危ないかどうかは、会社の大小(規模)にはまったく関係ないのだ。いままで生命保
険といえば、どんな種類がいいか、どんな入り方がべ夕1かばかりに目が向いていたが、
保険種類よりも保険会社の選択がより大事だと知らされたのだ。

Posted in 保険を選ぶ前に会社を選べ | Leave a comment